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お悩みNO.2360
ももさん
ゆっこさんへ
受験のとき自分の進路なんてほとんど考えてませんでした。考えられませんでした。 「こんな自分に将来なんてあるのか」そんなことばかり考えてたので、今も時々そんなふうになっちゃうときもありますけど、受験のときよりはましです あのときはただ高校に入りたい。入らなくちゃ。 そんな気持ちでした。 中学のとき、一年生の2学期までは耐えられたとまえに相談したとき書き込みました。 私は4歳くらいから中一までバレエを習っていたんです。飽き性な私がそれくらい長く続いて、 とても楽しかったんです。でも中学に入って 腰を痛めてしまって、最初は我慢して踊っていたんですが、満足に踊れなくなって痛みも増して、 そのうちバレエに行くのも嫌になってきました。 怪我だけじゃなかったと思います。学校の噂や ついていけなくなった勉強「どうして怪我なんかしたんだ」という自分への「怒り」ゆっこさんの言ったとおり自分に対する「怒り」がおおいです バレエを辞めたときはすごくよく覚えてます。 母の「どうするの?」という問いに「行きたくない」「もう辞める?」 「…うん、やめる」 たったこれだけでした、それから週3回学校終わってすぐよる9時まで忙しかった1週間の予定が空っぽになりました。バレエを中心に回っていた生活が一気になくなってよけいにつまらなくなってしまって、怪我の方もしばらくしたら、全然問題なく痛みもなくなって、それからずっと毎日「なんで辞めちゃったんだろう」と後悔してばっかりです。 話が長くなりましたが、受験のとき高校に入ろうと思ったとき、一つだけ理由がありました、 「新しいことを見つけよう」そう思って受験をしました。ただ分かっていていましたが実際高校に入ってもそんなに変わらない毎日で友達との毎日は楽しいけれど、自分の中心になるようなことはなかなか見つからず、嫌なことがおこったりして しまい今みたいになってしまったんですが、、、 本当の本心を言ってしまえばめんどくさいなって言うのも少しあります。でもがんばったのにもったいないなとも思ったりして、優柔不断でめんどくさがりで飽き性よく親戚に笑われてます。 ゆっこさんに言われるまで自分がどんなおもいで高校に入ったのか忘れてました。 小学校の頃から、他人のいいところを見つけようそんなプリントには必ず[優しい]と書かれていました、自分のどこが優しいか分からないですが、 でも周りの意見に反対する事はしませんでした。 私は争い事というか面倒事というかまあ好きな人はいないと思いますが兎に角きらいで、「考えるのもめんどくさい」そういう人間です。だから 周りに流されていままで過ごしてきました。 そっちのほうが楽だからというのもあります。 だから中学の頃言われました、「意思が弱い」って女の子といるときもハブられるのがいやでいつも「いいんじゃない?」としか言ってなかったとおもいます。だからそう言う癖がついてるのかな ?。
投稿日:2013-10-23
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